法人化した大家さんが一括償却で迷う理由|3つの事例でわかる正しい使い方

「個人のときと、何かが違う」
「税理士に言われた通りにやってるけど、なんでこうなるんだろう」
「節税って、もっとシンプルだと思ってたのに」
法人化した大家さんからよく聞く言葉です。個人オーナーのときは「必要経費」として直感的に処理できていたものが、法人になった途端に「減価償却資産」「一括償却資産」「少額減価償却特例」といった言葉が飛び交い、何がどう違うのかわからなくなる。そんな状況は珍しくありません。
この記事では、法人化した大家さんが一括償却でつまずきやすいポイントを、3つの実例を通じて整理します。「難しい制度の解説」ではなく、「現場でどう判断するか」に絞って書きました。
事例1|法人化1期目・田中さんのつまずき

田中さんは法人化1期目。物件2棟・家賃収入約800万円・法人利益は約180万円という規模です。決算前に税理士から「20万円未満の備品があれば一括償却できますよ」と言われ、管理用のノートPCとタブレットを購入しました。
「全部今期の経費になる」と思っていた田中さんは、翌年の申告書を見て首をひねります。経費になったのは購入金額の3分の1だけ。「3年に分けて費用化する制度」だと後から知り、「だったら今期の節税にならないじゃないか」と感じました。
💡 一括償却の核心ポイント
一括償却資産(10万円以上20万円未満)は、購入した年に全額経費化されるわけではありません。3年間にわたって均等に費用化する制度です。「一括」という言葉のイメージから「全額すぐ落ちる」と勘違いしやすいので注意が必要です。
一括償却の基本を大家さん向けに翻訳すると
田中さんのケースを数字で整理すると次の通りです。ノートPC18万円を12月に購入した場合、その年の費用計上は6万円(18万円÷3年)。翌年・翌々年にそれぞれ6万円ずつ費用化されます。「今期の利益を減らしたい」という目的であれば、一括償却だけでは思ったほど効かないケースがあります。
一方、取得価額が10万円未満の資産(消耗品費扱い)は購入年に全額費用化できます。また、中小企業者等に限り「少額減価償却資産の特例」を使えば、一定金額未満の資産を取得年度に全額費用化することが可能です。
| 制度 | 対象金額 | 対象企業 | 費用化の方法 | 年間上限 | 固定資産税 |
|---|---|---|---|---|---|
| 消耗品費 | 10万円未満 | すべての企業 | 取得年度に全額 | なし | 課税なし |
| 一括償却資産 | 10万円以上20万円未満 | すべての企業 | 3年間で均等に費用化 | なし | 課税なし |
| 少額減価償却特例 | 40万円未満(※) | 中小企業者等のみ | 取得年度に全額 | 合計300万円まで | 課税あり |
| 通常の減価償却 | 20万円以上 | すべての企業 | 法定耐用年数で償却 | なし | 課税あり |
📢 2026年税制改正|少額減価償却特例が拡充
2026年4月1日以降、少額減価償却資産の特例の上限が30万円未満から40万円未満に引き上げられました。適用期限も令和10年度末(2029年3月31日)まで延長。中小企業者等に該当する法人大家さんは対象範囲が広がっています。なお、年間合計300万円の上限は変更ありません。
事例2|大家4年目・山本さんが学んだ「1単位ごとの整理」

山本さんは法人化4年目。物件5棟・家賃収入約1,800万円・法人利益は約420万円です。「そろそろ設備を整えたい」と思い、防犯カメラ・宅配ボックス・共用部LED照明の交換を一気に進めようとしました。税理士に相談すると「それぞれ金額と区分が違うので、まとめて処理はできません」と言われ、混乱します。
山本さんが気づいたのは、「設備の更新」と一口に言っても、資産区分・金額・耐用年数がすべて異なるということ。防犯カメラ1台16万円は一括償却の対象になりますが、宅配ボックスは取り付け工事費込みで50万円を超えるため通常の減価償却。LED照明交換が修繕費になるか資本的支出になるかは金額と改良度合いによって判断が変わります。
⚠️ 修繕費と資本的支出の判定基準
支出金額が60万円未満、または修理・改良に係る固定資産の前期末取得価額のおおむね10%以下であれば、修繕費として処理できます(国税庁通達 7-8-3)。給湯器交換・外壁補修・LED交換なども、機能向上を伴わない原状回復であれば修繕費扱いが可能です。金額が大きい場合や性能アップを伴う場合は税理士に確認を。
大家さんが法人化後に勘違いしやすい3つのこと

勘違い1:法人にしたら何でも経費で落ちる
法人化すると経費の幅が広がることは確かです。ただし「事業に関係がある支出かどうか」という基本的な判断基準は個人事業主と変わりません。「法人の経費にしたから大丈夫」という思い込みで、実態のない支出を計上するのは危険です。
勘違い2:20万円未満なら全部すぐ経費
前述の通り、一括償却資産(10〜20万円未満)は3年均等償却です。「すぐ全額落ちる」のは10万円未満の消耗品費か、中小企業者等が少額減価償却特例を使う場合(40万円未満・年間300万円上限)に限られます。金額によってどの制度を使うかが変わるため、購入前に確認する習慣が大切です。
勘違い3:建物・設備工事も一括償却で行けそう
外壁塗装・給湯器交換・エアコン設置といった建物附属設備への支出は、金額が大きくなりやすく、一括償却の射程(20万円未満)を超えるケースがほとんどです。また、建物本体への改良は建物と同じ耐用年数で償却するため、「一括でサクっと落とせる」とはなりません。修繕費か資本的支出かの判定も別途必要です。
事例3|節税と資金繰りを両立した佐藤さんの判断

佐藤さんは法人化2年目。物件3棟・家賃収入約1,200万円・法人利益は約300万円です。決算前に利益が300万円出ており、「何か対策をしたい」と考えました。税理士から「設備に使うなら少額減価償却特例が使えますよ」と言われ、下記の備品を購入しました。
- 管理用ノートPC(1台) :18万円(一括償却資産・3年均等)
- 入居者対応用タブレット(2台):各12万円(一括償却資産・3年均等)
- Wi-Fiルーター(共用部用):8万円(消耗品費・全額即時)
- 防犯カメラ(2台):各16万円(一括償却資産・3年均等)
合計82万円の支出のうち、今期に費用化されるのはWi-Fiルーターの8万円+各一括償却資産の1/3ずつ。「全部今期に落ちると思っていなくて正解でした」と佐藤さん。「ただ、来期・再来期に毎年経費が積み上がってくるのは、利益が続く会社にとってはメリットだとわかりました」と振り返ります。
💬 佐藤さんのひとこと
「節税のために無理して高い設備を買うより、本当に必要なものを適切な金額で買う方が、現金も手元に残って経営が安定しますよね。」
3事例の比較一覧
| 事例 | 規模・利益 | 購入備品の例 | 今期の費用化額(概算) | 気づき・ポイント |
|---|---|---|---|---|
| 田中さん(1期目) | 2棟・利益180万円 | PC18万円、タブレット12万円 | 約10万円(3分の1) | 「全額すぐ落ちる」は誤解 |
| 山本さん(4年目) | 5棟・利益420万円 | 防犯カメラ16万円、宅配ボックス50万円超、LED交換 | 資産区分により異なる | 設備1件ごとに区分・金額が違う |
| 佐藤さん(2年目) | 3棟・利益300万円 | PC・タブレット・Wi-Fi・防犯カメラ(計82万円) | 約24万円+消耗品8万円 | 来期以降も経費が積み上がる設計 |
大家さんにとっての一括償却は「節税」より「整理」

3つの事例を通じてわかるのは、一括償却は「決算前に利益をゼロにする魔法の手段」ではないということです。むしろ「本当に必要な設備投資を、適切な会計処理で整理する道具」として考えた方が、実態に合っています。
法人化した大家さんにとって重要なのは、利益が出た理由と来期以降の事業計画を整理した上で「何に投資するか」を決めることです。節税はその結果としてついてくるものです。「決算前だから何か買おう」という発想では、現金が減るだけで会社の体力は上がりません。
決算前チェックリスト
| カテゴリ | 確認項目 | 確認 |
|---|---|---|
| 利益の性質 | 今期の利益は一時的なものか、来期も続くか | □ |
| 来期の大きな支出(修繕・空室対策)は見込んでいるか | □ | |
| 設備・備品 | 購入する設備・備品は本当に必要なものか | □ |
| 金額はどの区分に入るか(10万円未満/10〜20万円未満/40万円未満) | □ | |
| 少額減価償却特例(40万円未満・年300万円上限)の枠に余裕があるか | □ | |
| 修繕・工事 | 修繕費か資本的支出かの判定は確認したか | □ |
| 支出が60万円未満 or 取得価額の10%以下なら修繕費として処理可能 | □ | |
| 資金繰り | 設備投資後も手元資金に余裕があるか | □ |
| 一括償却は今期だけでなく3年間の費用化計画になっているか | □ |
まとめ
✅ この記事の3つの要点
① 一括償却(10〜20万円未満)は3年均等費用化。「今期全額落ちる」ではない。
② 少額減価償却特例は2026年4月から上限が40万円未満に拡充。中小企業者等は対象を確認。
③ 法人大家にとっての決算対策は「節税ありき」ではなく「必要な投資を適切に整理する」ことが本質。
一括償却に限らず、法人化した大家さんが使える節税・投資の選択肢はいくつもあります。「何をどう組み合わせるか」を事業投資の視点で比較・検討したい方は、こちらもご参照ください。


